ちばてつや(本名・千葉徹弥)さんは、『あしたのジョー』『のたり松太郎』などで知られる漫画家で、2026年10月27日、講談社と小学館が、10月22日18時に都内の病院で亡くなったことを発表しました。講談社の発表では享年87です。
この記事では、ちばてつや公式ホームページのプロフィール・作品欄と、講談社の公式お知らせ、ビッグコミックBROS.NET(小学館)の訃報など公式に発表された情報だけをもとに、ちばてつやさんの経歴と代表作、受賞歴をまとめます。
結論:ちばてつやさんの基本情報(公式発表より)
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名前 | ちばてつや(本名・千葉徹弥) |
| 生年月日 | 1939年(昭和14年)1月11日・東京生まれ |
| 逝去日 | 2026年10月22日18時(都内の病院) |
| 享年 | 87(講談社の発表) |
| 発表 | 2026年10月27日(講談社・小学館コミック局) |
| 葬儀 | 家族葬で執り行われた |
| デビュー | 1956年(貸本向け単行本作品) |
| 代表作 | 『あしたのジョー』(原作・高森朝雄)『のたり松太郎』『おれは鉄兵』『あした天気になあれ』『紫電改のタカ』『ハリスの旋風』など |
| 主な栄誉 | 紫綬褒章(2002年)・旭日小綬章(2012年)・文化功労者(2014年)・日本芸術院会員(2022年)・菊池寛賞と文化勲章(2024年) |
| 役職 | 公益社団法人日本漫画家協会会長、文星芸術大学学長(出版社の略歴) |
※各項目は、ちばてつや公式ホームページ、講談社・小学館の発表、文部科学省の発表で2026年10月28日に確認した内容です。
ちばてつやさんとは?
ちばてつやさんは、1956年のデビューから70年にわたって漫画を描き続けた漫画家です。公式ホームページのニュース欄に掲載されたお知らせには「87年の生涯を現役として、画業70年」とあり、講談社も「70年の画業の中で数々の名作を残してくれた」と発表しています。
少年誌ではボクシング漫画『あしたのジョー』、剣道を描いた『おれは鉄兵』、ゴルフ漫画『あした天気になあれ』、少女誌では『ユキの太陽』『みそっかす』、青年誌では相撲を描いた『のたり松太郎』と、掲載誌の読者層を問わず作品を発表してきました。2016年からは小学館のビッグコミックで『ひねもすのたり日記』を連載し、講談社・小学館の略歴ではこれが「最新作」とされています。
漫画を描くことのほかに、公益社団法人日本漫画家協会の会長、文星芸術大学の学長も務めていました(講談社・小学館の略歴より)。講談社の新人賞「ちばてつや賞」にも名前が冠されており、講談社は発表の中で、同賞が創設から46年になることに触れています。
経歴の年表
公式ホームページのプロフィールと、講談社・小学館が発表した略歴をもとにした年表です。
| 年 | 出来事 |
|---|---|
| 1939年 | 1月11日、東京で生まれる |
| 1939年〜1941年 | 同年11月に朝鮮半島を経て、1941年1月に旧満州・奉天(現在の中国・遼寧省瀋陽)に渡る |
| 1945年〜1946年 | 終戦。翌年、中国から日本に引き揚げる |
| 1950年 | 友人の作る漫画同人誌「漫画クラブ」に参加 |
| 1956年 | 貸本向けの単行本作品でプロデビュー |
| 1958年 | 『ママのバイオリン』で雑誌連載を始める |
| 1961年 | 『ちかいの魔球』(原作・福本和也)で週刊少年誌にデビュー |
| 1968年 | 『あしたのジョー』(原作・高森朝雄)を週刊少年マガジンで開始 |
| 1973年 | 『おれは鉄兵』(週刊少年マガジン)と『のたり松太郎』(ビッグコミック)を開始 |
| 1980年 | 『あした天気になあれ』を週刊少年マガジンで開始 |
| 2014年 | 文化功労者 |
| 2016年 | 『ひねもすのたり日記』をビッグコミックで開始 |
| 2022年 | 日本芸術院会員 |
| 2024年 | 菊池寛賞・文化勲章 |
| 2026年 | 10月22日に逝去(10月27日に発表) |
作品の開始年は、公式ホームページ「作品欄」の掲載年によるものです。終戦後の引き揚げについて、出版社の略歴は「終戦により日本に引き揚げた後」と記しています。
少年時代の満州での暮らしと引き揚げは、ちばてつやさん自身の作品の題材にもなっています。小学館の『ひねもすのたり日記』作品ページでは、同作を「満州に住む千葉少年が迎えた終戦とは?」と紹介し、「マンガ家の半生」を描く作品としています。
代表作と連載誌・発表年
公式ホームページの作品欄(1956年以降の作品を新しい順に掲載)から、プロフィールで「主な作品」として挙げられている作品と、最新作を発表年の順に並べました。
| 発表年 | 作品名 | 出版社・掲載誌 |
|---|---|---|
| 1958年 | ママのバイオリン | 講談社 少女クラブ |
| 1961年 | ちかいの魔球(原作・福本和也) | 講談社 少年マガジン |
| 1962年 | 1・2・3と4・5・ロク | 講談社 少女クラブ(別冊ふろく) |
| 1963年 | ユキの太陽 | 講談社 少女フレンド |
| 1963年 | 紫電改のタカ | 講談社 少年マガジン |
| 1965年 | ハリスの旋風 | 講談社 少年マガジン |
| 1966年 | みそっかす | 講談社 少女フレンド |
| 1968年 | あしたのジョー(原作・高森朝雄) | 講談社 少年マガジン |
| 1973年 | おれは鉄兵(脚本協力・七三太朗) | 講談社 少年マガジン |
| 1973年 | のたり松太郎(脚本協力・七三太朗) | 小学館 ビッグコミック |
| 1980年 | あした天気になあれ | 講談社 少年マガジン |
| 2016年 | ひねもすのたり日記 | 小学館 ビッグコミック |
『あしたのジョー』
公式ホームページの作品紹介では、「ドヤ街」に現れた天涯孤独の少年・矢吹丈(ジョー)が、元ボクサーの丹下段平との出会いをきっかけにボクシングを始め、ライバルたちと戦いながら世界へ挑んでいく物語とされています。講談社の作品ページでは原作・高森朝雄、著・ちばてつやと表記され、講談社コミックス版の第1巻は1970年3月7日に発売されています。
『のたり松太郎』
ビッグコミック(小学館)で1973年に始まった相撲漫画です。公式ホームページの作品紹介では、体の大きさと腕力を買われて角界入りした松太郎が、規律の厳しい相撲部屋でも周囲を騒動に巻き込みながら番付を上げていく物語とされています。1977年に第23回小学館漫画賞(青年一般部門)と第6回日本漫画家協会賞特別賞を受けています。
『おれは鉄兵』『あした天気になあれ』
『おれは鉄兵』は、山奥で育った野生児の上杉鉄兵が剣道で力を発揮していく作品で、1976年に第7回講談社出版文化賞(児童まんが部門)を受けました。『あした天気になあれ』は、全英オープンで優勝するプロゴルファーを夢見る向太陽の成長を描いた作品です(いずれも公式ホームページの作品紹介より)。
受賞歴・栄誉と役職
受賞歴は、講談社と小学館が発表した略歴の【受賞歴】と、公式ホームページのプロフィールに掲載されている内容です。
| 年 | 受賞・栄誉 | 対象作品など |
|---|---|---|
| 1962年 | 第3回講談社児童まんが賞 | 『1・2・3と4・5・ロク』『魚屋チャンピオン』 |
| 1976年 | 第7回講談社出版文化賞 児童まんが部門 | 『おれは鉄兵』 |
| 1977年 | 第23回小学館漫画賞 青年一般部門 | 『のたり松太郎』 |
| 1977年 | 第6回日本漫画家協会賞 特別賞 | 『のたり松太郎』 |
| 2001年 | 文部科学大臣賞 | ― |
| 2002年 | 紫綬褒章 | ― |
| 2009年 | 第33回講談社漫画賞 講談社創業100周年記念特別賞 | ― |
| 2012年 | 旭日小綬章 | ― |
| 2014年 | 文化功労者 | (公式ホームページのプロフィール) |
| 2017年 | 練馬区名誉区民に選定 | (公式ホームページのプロフィール) |
| 2018年 | 第22回手塚治虫文化賞 特別賞 | (出版社の略歴) |
| 2022年 | 日本芸術院会員 | (公式ホームページのプロフィール) |
| 2024年 | 第72回菊池寛賞・文化勲章 | ― |
2024年の文化勲章は、文部科学省の令和6年度文化勲章受章者の一覧に「千葉 徹弥」(筆名 ちば てつや)として、専攻「漫画」、職名等「文化功労者 日本芸術院会員 マンガ家」で掲載されています(11月3日発令)。文化庁は2026年4月30日の報道発表で、ちばてつやさんを「マンガ家で初めて文化勲章を受章した」と紹介しています。
同じ文化庁の報道発表によると、文化庁は整備を進める「メディア芸術ナショナルセンター(仮称)」の初の収蔵予定資料として、ちばてつやさんのマンガ原画など約7万点を超える資料の保管を、東京近郊の専用保管庫で始めています。
公式発表の内容
訃報は、ちばてつや公式ホームページのニュース欄と、ビッグコミックBROS.NET(小学館、2026年10月27日)に同じ文面で掲載されました。お知らせは、ちばてつやさんが10月22日18時に都内の病院で亡くなったことを伝え、70年の画業について次のように記しています。
漫画家として本当に幸せな人生でした。
ちばてつや公式ホームページ・ビッグコミックBROS.NET(小学館)
講談社のお知らせ(2026年10月27日)は、「漫画家のちばてつやさんが、10月 22日 18時に都内の病院にて逝去されました。享年 87。」と発表しました。発表の内容をまとめると次のとおりです。
- 葬儀は家族葬で執り行われた
- 遺族の意向で、香典・供花・弔電などは辞退する
- お別れの会は開催に向けて検討しており、詳細が決まり次第知らせる
- 遺族と近親者への取材は控えるよう求めている
講談社は「講談社コミック編集部一同」として、ちばてつやさんの漫画界への貢献を「余人をもって代えがたいものでした」と記し、小学館コミック局も作品に込められた「人間への温かなまなざしと平和への願い」に触れて哀悼の意を表しています。ここに挙げた以外の事柄は、公式発表に記載がありません。
作品を読める公式の場
ちばてつやさんの作品は、連載した出版社の公式サイトに書誌情報や試し読みの案内が掲載されています。
- 講談社『あしたのジョー(1)』作品ページ:講談社コミックス版。紙版と電子版の書誌情報、試し読みの案内
- ビッグコミックBROS.NET『ひねもすのたり日記』作品ページ:第1話の案内と、第7集までのコミックス一覧
- ちばてつや公式ホームページ:プロフィールと、1956年以降の作品の一覧(作品欄)。公式ブログ「ぐずてつ日記」へのリンクもあります
当サイトでは、ほかの漫画作品も公式情報をもとに整理しています。週刊少年マガジンで連載された作品では『不滅のあなたへ』の完結までの経緯、小学館のスポーツ漫画では『アオアシ』アニメ2期の放送情報、話題の人物の経歴を公式発表でまとめた記事には西山朋佳さんの経歴と棋士への編入があります。
よくある質問
ちばてつやさんはいつ亡くなりましたか?
講談社と小学館(ビッグコミックBROS.NET)の2026年10月27日の発表によると、2026年10月22日18時に都内の病院で亡くなりました。講談社の発表では享年87です。
ちばてつやさんの本名は何ですか?
本名は千葉徹弥(ちば・てつや)です。ちばてつやさんの公式ホームページと出版社の略歴に記載されています。
『あしたのジョー』の原作者は誰ですか?
講談社の略歴と作品ページでは、原作は高森朝雄さん、作画はちばてつやさんです。公式ホームページの作品欄では、講談社の週刊少年マガジンで1968年に始まった作品として掲載されています。
ちばてつやさんが文化勲章を受章したのはいつですか?
2024年(令和6年度)です。文部科学省の令和6年度文化勲章受章者の一覧に「千葉 徹弥」(筆名 ちば てつや)として掲載されており、文化庁はマンガ家で初めて文化勲章を受章したと記しています。
お別れの会は開かれますか?
講談社と小学館の発表では、お別れの会は現在開催に向けて検討しており、詳細が決まり次第知らせるとしています。2026年10月28日時点で日程は発表されていません。
まとめ
ちばてつや(本名・千葉徹弥)さんは、1939年に東京で生まれ、旧満州からの引き揚げを経て1956年にデビューした漫画家です。『あしたのジョー』『のたり松太郎』『おれは鉄兵』『あした天気になあれ』など、少年誌・少女誌・青年誌で作品を発表し、2016年からは『ひねもすのたり日記』を連載していました。
2024年にはマンガ家として初めて文化勲章を受章し(文化庁の発表)、日本漫画家協会の会長も務めました。2026年10月27日、講談社と小学館は、ちばてつやさんが10月22日18時に都内の病院で亡くなったこと(享年87)と、葬儀を家族葬で執り行ったことを発表しています。お別れの会の詳細は、決まり次第知らせるとされています。